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緊急時に本当に必要なのは「翻訳」だけじゃない

翻訳できても、安心までは訳せない。

数ヶ月前、ちょっと考えさせられる出来事がありました。
ハワイで津波警報が出たときのことです。

オアフ島にも「数時間後に津波が到達する可能性がある」「このエリアの人は避難してください」という通知が出て、
ハワイ州政府の対応はとても早く、ワイキキのホテルなどにもすぐ情報が回っていました。
今の時代、アプリもありますし、日本語で情報を受け取れる手段もあります。

でも、そのときに私が一番「これは通訳がいても難しいな」と感じたのは、
情報そのものよりも、その情報をどう解釈するか、という部分でした。

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情報は読めても、判断ができない

例えば、
「津波の高さは最大でこのくらいの可能性」
「念のため避難してください」
こういう表現を、日本語として理解することはできます。

でも、そこから
「じゃあ、自分は本当に今すぐ動くべきなのか」
「これはよくあるレベルなのか、それとも相当危険なのか」
という判断をするには、言葉だけでは足りません。

周りのローカルの人たちは、
公式発表に加えて、これまでの経験や土地勘を組み合わせて、
「今回はこうしよう」と行動を決めていきます。

この“読み取り方”は、検索しても出てこないし、
通訳が訳してくれたとしても、そのままでは手に入りません。
結局、周りの人に聞くしかない。
そこに、緊急時の不安の正体がある気がしました。

言葉の壁よりも、文化と経験の壁

緊急時の不安は、
「英語が分からない」こと以上に、
「この土地でどう判断するのか分からない」ことから生まれるのかもしれません。

言葉を訳しても、
その裏にある経験や感覚までは、簡単には訳せない。
それを今回の津波警報で、あらためて感じました。

日本の工夫は、実はすごい

ひるがえって日本を見ると、
ニュースキャスターの話し方をあえてシンプルにしたり、
繰り返し同じ情報を伝えたり、
音や色で緊急度を伝えたりと、
言葉だけに頼らない工夫がたくさんあります。

あれは、日本語を母語としない人にも伝えるための努力でもあるし、
「どう判断してほしいか」を、なるべく分かりやすく示す工夫でもあるんだなと、
海外にいるとよく分かります。

通訳がいても越えられない壁はあります。
でも、だからこそ、どう伝えるか、どう受け取ってもらうかを工夫し続けることが大事なんだなと、
ハワイの津波警報をきっかけに、あらためて考えさせられました。

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